「アゼルバイジャン」の経済

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 アゼルバイジャンは1991年にソ連から独立して以降、独自の経 済政策を取ってきました。
まずは、2016年に出された「アゼルバイジャン共和国の経済見 通しに関する戦略的なロードマップ」で4つのカテゴリーに分けられた1991年から2014年までの25年間のアゼルバイジャン経済を振り返ってみましょう。

1. 経済の全体的な活動状態が沈滞した不況期(1991 ~ 1994)
2. 広く深い経済改革、移行・回復期(1995 ~ 2003)
3. 経済発展・進歩期(2004 ~ 2014)
4. 原油価格下落期(2014年末以降)

1. 不況期

アゼルバイジャンはソ連から独立直後に、隣国のア ルメニアとの戦争に巻き込まれ、領土の20%を失いました。100 万人以上の国内避難民や難民が生まれ、貿易パートナー11カ国の経済状況の低迷や、当時の政権のアンバランスな経済政策の影響もあり、経済危機はさらに悪化。この時期はGDP(国内総生産) も年平均17%も減少し、アゼルバイジャンの通貨も著しく下落した時代でした。

2. 広く深い経済改革、移行・回復期

アゼルバイジャン人にとっては国民的英雄とも言えるヘイダル・アリエフ氏が1993年に大統領に就任したことにより、国内政治や経済状況が安定期に入りました。 アゼルバイジャンは資本主義経済へ移行し、戦略的な経済改革 が次々と行われ、大規模な土地改革、国有財産の民営化もされた時期です。
市場価格や通貨も安定し、失業率が減少。国民の銀行への信頼も回復されました。国家予算における石油、天然ガスなど化石資 源以外の収入源も増えた時期です。

3. 経済発展・進歩期

2004 ~ 2010年のうち、最初の6年間は 飛躍的な発展時代となっています。 この時代に実現された経済モデルのおかげで、アゼルバイジャ ン経済は世界で飛躍的に発展することに成功しました。石油の輸出で得られた収入の一部を国内経済へ投資することによって、短 期間で中高所得国の仲間入りを果たしたのです。 社会的・経済的なインフラは完全に最新化され、世界の競争力 ランキングで(2016 ~ 2017)138カ国中37位になりました。ちなみに、隣国のジョージアは59位、アルメニアは79位でした。

4. 原油価格下落期

2014年末から始まった世界市場における 石油価格下落による影響は、2015年後半からアゼルバイジャン経 済に大きな影を落とし始めました。 米ドルがアゼルバイジャン・マナトに対して2倍近く上がったことが、財政悪化につながり、公的債務返済の負担が増えたので す。 そのため、アゼルバイジャン政府としては、経済の復興や活性 化を図るために、経済政策の徹底や制度の改革を行いました。 非石油分野におけるさまざまなプロジェクトも実施したため、 特に、農業・観光業では発展が見られるようになってきました。

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